第2部 私の炭焼き元年
3.失敗の数だけノウハウの蓄積に
それからは試行錯誤、失敗の歴史です。
平成11年1月から火事の危険のない田圃の真ん中に、本の絵を頼りにドラム缶窯を据えました。切り出した雑木(樫)を詰め、初めて火を入れたのが3月末でした。
炭窯に火を入れると後ろの煙突から白い煙が出てきます。本に依るとその煙が無くなると炭焼きが完成と書いてあります。10時間経ってその通りに煙が無くなったので火を落としてから後ろの煙突を外したところ、未だ後ろは生木がソックリ残っていました。焼けて煙が出なくなったのでなく、ただ火が立ち消えてしまっていたのでした。再び火を入れて何とか終了したのは着火より20時間後の午前4時でした。
1週間後窯を開くと、出て来たのは大量の木灰と少量の消し炭でした。それにも懲りず再度の挑戦は夏盛りのお盆です。結果は木灰と消し炭と半焼けの薪が出てきました。
1回失敗するという事は、下松までの4往復と、4か月の時間と、労力の無駄遣いという事です。こうした失敗がその後の炭窯の設営に大変役立ちました。
4.もりメイトと炭焼き
広島市森林公園の催しに「もりメイト養成講座」が有る事を知って、森林整備の知識が学べるのではないかと平成10年度の3期生の受講を受ける事になりました。1年間の講習を終えて養成講座の先輩たちで立ち上げた「もりメイト倶楽部Hiroshima」に加入し今に至っています。ここで、もりメイト倶楽部の顧問だった林業家「新本松夫」さんの炭焼きと出会う事が出来ました。
新本さんの本格炭窯を見せてもらい、新本さん考案の「ドラム缶炭窯」と炭の出来る仕組みや理論をお聞きすることが出来て、目から鱗が取れる心地でした。
また別の機会に新本さんの別荘に泊まり込んでの炭焼き教室に参加して、山からナラの大木の切り出しに始まり、薪割り作業、本格窯での炭焼きを教わり、炭焼きの理論がやや理解できました。又炭焼き作業の大変さを実感することも出来ました。
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